目印

ダーッと流れていく毎日の中、今日、ここに生きた目印を残したい、と思いながら、夕方自転車を飛ばしていた。今日は、親教会である、熊本教会の御大祭だった。昨日から、いろいろ準備のお手伝いをさせていただき、心を神様に向けるお稽古をさせてもらった。黙々と野菜を洗ったり、果物を拭いたり、それを盛り付けたり、少しずつ上手くなって来たというお墨付きをいただいた。この一年で、苦労したんだね、と。大きな目印はなくても、成長はあるのかな、と嬉しくなった。お、蜜柑が落ちとる!?と、思ったら、ここにコンクリートの角がありますよ、という目印だった。目立つように付けてあるのでしょう。時には目立つことも必要だけど、目立たないけど、分かる人には分かる、というような印、あると良いなって思った。

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